深夜特急 : ハラレ – ブラワヨ 寝台列車の旅

国内外に関係なく(寝台)列車の旅を贅沢に感じるタイプなんですが、「せっかくアフリカまで行くんだし1回ぐらいは鉄道旅行してみよう」ということで乗ったのがジンバブエ国営鉄道(ZRN : National Railways of Zimbabwe)のハラレからブラワヨ区間ですが、かなり歴史のある路線らしく「今もこんな列車なんだ!」と思わせるほど老朽化した車両にノスタルジーを超えた移動体験でした。

旅の必需品は「水」と「テッシュペーパー」

鉄道の移動を選んだ最大の理由は「不便、不自由を感じること」です。

多くの方が書かれている通りバスの方が「早い、(そこそこ)安い、清潔」なので人気ですが、日本でも出来ることをはしたくなかったという選択肢です。飛行機だと1時間、車だと約5時間半、バスだと約6-7時間で着く場所を12時間かけて移動します。



基本情報

当たり前ですが最新情報は鉄道会社サイトか最新のトラベラー情報から得て準備されてください。私が興味を抱いた理由はとあるイギリス人のブログ記事を読んだせいです。

ハラレ駅営業時間(定休日は土曜日)

  • 区間 : ハラレ (HARARE) – ブラワヨ (BULAWAYO)
  • 距離 : 鉄道情報が見当たりませんでしたが道路だと約440kmらしいです
  • 運賃 : 12US$/pp (SLEEPER車両)

2018年3月現在の「ハラレ-ブラワヨ 」時刻表

・注意1 : どの車両か?

夜の20時発で、ホームは全体的に暗い雰囲気で、自分がどの車両に乗ればよいのかわかりにくいのですが、薄暗い中で客車ボディに書かれてる「SLEEPER」という文字を目指して乗車します。つまり寝台車両。普通車座席で移動する人は「ECONOMY」になります。

寝台車両か、普通車両か…

・注意2 : 自分の部屋はどこ?

乗車したあと自分がどの部屋かは購入した切符に書かれていません。

簡単にいえば現場判断で、その時の車掌さんが要領よくさばく感じです。ただね、この車掌の服装がやっかいで制服を着ている人もいれば私服の人もいます。旅人から見ると一般人との区別がつきませんが、会話してるうちに気づくと思います。

一度部屋が決まった後に「ごめん、ちょっとこっちのタイプに移ってもらえる?」なんてこともあります。システムやルールを無視した「事件は現場で起こってる」的ジンバブエスタイルを感じたかったので「まだ、こういうレベルなんだなぁ」なんて思いながら楽しんでいました。

私のお部屋はここかしら?

・注意3 : 食料は持参

あとで触れますが列車が時刻表通りに走ってくれないので(ほぼ100%の確率で)到着が遅れます。水を持ち歩くのは当然ですが、最低限の食料確保をお勧めします。

ちなみに駅から10分ほど歩けば(例えばHarare Central Police Station前のInez Terraceストリートを北に上がりSpekeアベニューの交差点とか)にファストフード店があります。駅正面(Orrストリート)から5分の場所にスーパー「Pick n Pay」があります。屋根看板に「TM」の文字が書かれていますからすぐに見つけられると思います。その先にもファストフード店があります。ハラレ駅近くのいろんな場所で買えますから心配無用。全部下の写真の兄ちゃんが教えてくれました。

現地の若者と立ち話し。いたって平和な空気。

・その他 : 雰囲気(治安)はどう?

普通に気をつけていれば駅も列車内も危険を感じる雰囲気はゼロです。ただね、客室の鍵が壊れている部屋もあるので女性だと「せめて鍵が壊れてない部屋にしてくれ」と文句を言えば部屋を変えてくれると思います。部屋を貸切(1人)で使いたいと思えば倍の値段を払うだけです。

印象に残ったことは全てが「古く、ボロく、汚い」

「汚い」というのは捉えようですが、日本人的に見れば完全に汚いです。

でね、駅舎、レール、車両、サービスのどれをとっても残念な内容です。全てがローデシア時代からなにも変わっていないと感じます。ただそれが良い。いくらアフリカが開発途上とはいってもいずれこんな客車での旅は出来なくなると思いますし、ジンバブエ庶民と同じ価値観を少しでも肌で感じられることを楽しみました。

日本だと戦前戦後の雰囲気なんだと思います。駅舎の鉄骨を見ていると古さを通り越して「味がある」とか思えてきました。近代建築はこういうものを隠して見せない作りですがこの雰囲気が斬新で(生まれてませんけど)懐かしく感じました。

私のような昭和40年代生まれですと山田洋次監督の「家族」の映像を懐かしく感じるわけですが、それよりも更に古い雰囲気に呑まれホームからの景色を眺めているだけで楽しかったです。ちなみに鉄ちゃんではありません。

私はこの映画の頃に生まれた世代ですが、小学校低学年の頃に乗った国鉄電車のトイレは「線路に汚物を垂れ流し」だったことを記憶しています。あの流れる地面。2018年のジンバブエ国営鉄道列車で同じことが味わえて懐かしく感じました。

ハラレの駅員は真面目な方で、私がチケットを買ったのは日曜日でしたが日本と変わらぬ処理時間でした。貰ったのは切符というよりも紙切れですが…手書き発券という時点で時代を感じますよね。「明日(月曜日)19時には駅に来いよ」なんて言ってくれました。

駅舎は建物全体からコロニアルな空気を漂わせ、ひとつひとつの看板は「これいつの時代に作ったの」というものばかり。駅の手荷物預かり窓口のシャッターは閉まったままでも看板だけは立派です。駅構内の端には閉店した国営鉄道経営レストランの案内看板も。ホーム頭上には「UPPER CLASS LOUNGE」の看板が見えますが重厚な扉は閉まったまま。勝手にローデシア時代を想像していました。

完全に時間が止まっております。

眼に映るもの全てが新鮮

問題は時刻表無視の運行状態

この鉄道旅の問題は時刻通りに運行しないことですね。つまり旅のスケジュールに余裕がない方には全くオススメできません。

「時間通りに出発した」と書かれたブログもありますが、それは関係する全区間の列車スケジュールが調整された後のようです。車掌さん曰く「どこかで列車が遅れると関係区間は玉突き遅延」します。あっちもこっちも遅延し始めると運転手も大変みたいです。

乗れば分かりますが電線は切れていますから客車をディーゼルで牽引してるわけですが、そんな調子なので信号機も壊れています。運転手と車掌はトランシーバーを手に他の列車や駅と交信し、ところ構わず発着時間を調整する姿。良く言えば「職人技」、荒っぽく言えば「勘」で運行してます。

上の動画(1960年)はコンゴがベルギーから独立した際に(たぶん)帰国する動画です。映像に残るSABENAの文字も懐かしいですが、これを見ても「そうそう、今回乗った客車も駅も全く一緒!」というノスタルジー感です。本当に全く一緒。

Rhodesia Railways 時代のロゴ

車体は老朽化しており「あー、コレがアレになっちゃうのかー」なんて思いました。いろんな人の思いを乗せて走った客車なんだと思います。時代を感じます。

日本とは全てが対極で新鮮でした。

(※そのうち暇になったら「英文テロップでも入れたいなぁ」ぐらいのお目汚し動画失礼。)

定時運行、清潔さ、広告表示、近代的建物や車両、効率的サービス、システム処理、不測の事態への謝罪などは何一つ感じられません。これはこれで麻痺してますが、日本も別の意味で麻痺しています。やはり日本人は基本的に几帳面と感じますね。DNAですかね。

ということで、ハラレからブラワヨまで寝台列車で移動したメモでした。

ハラレ(日曜発)からブラワヨ(月曜着)へ移動するためにハラレ駅に行った時、窓口の方が「ビクトリアの滝へ行かないのか?」と聞かれ「もちろん行くよ」と答えたら「月曜に列車で行けるぞ」と言われ、思わず勢いで...



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